ヨーガスートラ第2章30節

ahiṁsā satya asteya brahmacarya aparigrahāḥ yamāḥ

(アヒムサ サティア  アスティア ブラマチャリア アパリグラハ ヤマ)

「Ahinsa(非暴力) 、satya(誠実) 、asteya(不盗) 、bramacarya(純潔) 、aparigrahah(不貪) はヤマである」

ヨ ガスートラ(その2)ではヨガの八支則の1つ、ヤマ(禁戒)について少し触れました。ヤマは自分自身に対して、そして周りの世界に対して守るべきである基 本的な心得です。カルマの法則によると、良いことも悪いことも自分が行う全てが何らかの形で自分に返ってきます。心の平穏を得るには、自分と周りの世界と の関係を良好に保つ事が不可欠であり、自分や周りに害を与えない行動を日頃から心掛ける事が大切です。

ヨーガスートラ第2章31節

jāti deśa kāla samaya anavacchinnāḥ sārvabhaumāḥ mahāvratam

(ジャーティ デサ  カーラ サヤマ アナヴァッチンナー サルワバウマー マハーワラタム)

「(ヤマは)階級、場所、時、状況にも左右されない、(普遍の)偉大なる誓いである」

また、ヤマは民族、人種、宗教、社会的地位、国、地域、時代、性別、年齢等とは関係なく、万人により実践されるべき普遍的な誓いです。

’アヒムサ’

ヨーガスートラ第2章35節

ahiṁsā pratiṣṭhāyāṁ tatsannidhau vairatyāgaḥ

(アヒムサー プラティシターヤーム タトサンニダウ ワイラチャーガ)

「アヒンサ(非暴力)の境地が不動のものになると、その者の前では他者の敵意は無くなる」

人 間に限らず、生きとし生けるものを殺さない、傷つけない。頭で考えることも、言葉による暴力も避けます。勿論、自分に対しても身体的、精神的にもアヒンサ を徹底すべきです。アヒンサの境地に達すると、猛獣でさえもそのヨギーの前では穏やかになると言われます。托鉢中のお釈迦様に向かって突進していた凶暴な 象が、お釈迦様の前で止まり、急に大人しくなったという有名なお話はこのことを如実に表しているでしょう。

’サティア’

ヨーガスートラ第2章36節

satyapratiṣṭhāyāṁ kriyāphalāśrayatvam

(サティア プラティシターヤーム クリヤー ファラーシラヤトワム)

「サティア(誠実)が確立されれば、(ある結果を生む)行為をすることなくともその行為の結果を得られる」

サ ティアは思考・言葉・行為のいずれにおいても誠実、正直であることです。他者に対しても、自分に対しても、不誠実であったり、嘘をついたりすることは、結 局は自分自身を苦しめ、傷つけることになります。アーサナを練習する際、自分の体の声を聞かずに無理してしまうことは、自分自身に対して嘘をついているこ とと同じなのではないでしょうか?また無理をすることで心身を傷つけることはアヒムサ(非暴力)の精神にも反するでしょう。サティアの境地が定着し、純粋 な心で祈ると、そのヨギーが語る全てのことは真実となり、必要なものが必要な時に現れると言われています。

’アスティア’

ヨーガスートラ第2章37節

asteyapratiṣṭhāyāṁ sarvaratnopasthānam

(アスティアプラティシターヤーム サルワラトノパスターナム)

「アスティア(不盗)の境地が不動のものとなると、その者に全ての富がもたらされる」

他 者のものを盗まないことは言うまでもありませんが、必要以上に取らないこともアスティアには含まれます。自分が必要とする以上に取ることは、他者に必要な 分だけ行き渡らない、必要とする人が手に入れる機会を奪うこと、盗むことにもなります。約束した時間に遅れたりすることも、相手の時間を盗んでいることに なるのかも知れません。また、他者のものをむやみに欲しがったり、他者の才能や成功をねたんだりひがんだりすることは、心を曇らせ乱すことになるため避け なければいけません。アスティアの境地が確立されると、そのヨギーのもとにあらゆる富がもたらされると言われています。自分に何が必要なのかを熟知してお り、必要なものを必要な分だけ受け取るのであれば、そのヨギーは富と呼ばれるものにも興味を示さないでしょう。

’ブラマチャリア’

ヨーガスートラ第2章38節

brahmacaryapratiṣṭhāyāṁ vīryalābhaḥ

(ブラマチャリアプラスティシターヤーム ワリャラーバ)

「ブラマチャリア(純潔)の境地が確立されると、エネルギーが得られる」

ブ ラマチャリアの広義はブラーマン(宇宙の根本原理)に至るアーチャーラ(道)を歩むことですが、ここでは特にインドリア(諸感覚器官)の制御を意味し、更 には純潔を意味します。ブラマチャリアは身体面だけでなく、言葉や精神レベルにおける純潔も含みます。性的満足感に溺れず、エネルギーを無駄に使わなけれ ば、他の行為にエネルギーを有効に使うことが出来ます。ブラマチャリアは性的欲求を無理に抑制することではなく、アーサナ・プラナヤマ・瞑想等により自然 な欲求をスピリチュアルなエネルギーに昇華させることです。そうすることにより、非常に多くのエネルギー(プラーナ)を必要とするダラーナ・ディヤーナ・ サマーディに使うことが出来ます。プラマチャリアの実践は心身を活性化させ、健康、強い意志、心の平和、長寿をもたらすと言われています。

’アパリグラハ’

ヨーガスートラ第2章39節

aparigrahasthairye janmakathaṁtā saṁbodhaḥ

(アパリグラハスタイリェ ジャンマカタムター サムボダー)

「アパリグラハ(不貪)の境地が確立される時、その者の過去生を思い出す」

ア パリグラハは必要以上に貯めこまない、執着しないことです。私達は必要なものが必要な時に与えられるということが信じられない時、過度にものを貯めこんだ り、他者に執着したり、依存してしまうのではないでしょうか?必要なものだけを身の周りにおくシンプルな生活を心掛けると、何かを得る、失うと言った囚わ れ、執着から次第に自由になっていくことが分かるでしょう。そして本当に必要なものが必要な時に与えられているという現状が見えてきます。アパリグラハの 境地が確立されると、そのヨギーのエネルギーはより精妙になり、自分が生まれた本当の理由を理解出来るようになります。また他者が何故その身を持って生ま れたのかも分かるようになります。自分が何度も何度も生まれ変わってきたことを理解した上で、今度こそは輪廻転生のサイクルから自由になろうと、そのヨ ギーは決意を固くするのです。

中川 陽子