賢者パタンジャリのヨガスートラ(その2)

ヨーガスートラ第2章29節
Yama niyama asana pranayama pratyahara dharana dharana samadhayah asata angani
(ヤマ ニヤマ アーサナ プラナヤマ プラティヤハラ ダラーナ ディヤーナ サマーディ アサタ アンガニ)
「Yama(禁戒) 、niyama(勧戒) 、asana(座法) 、pranayama(調気) 、pratyahara(制感) 、dharana (凝念) 、dharana (瞑想) 、samadi(三昧)はヨーガの八支則である」

この節ではヨガの八支則(アシュタンガ・ヨガ)が示されています。Ashta(アシュタ:eight,八) +anga(アンガ:limbs,肢)で八支則です。古くからインドで受け継がれてきた伝統的なヨガは、これらの支則を実践し、人間が本来持つ肉体と精神そして霊性の質や能力を高め、最終的に悟りの境地に到達することを目的にします。

ヤマ(禁戒)とニヤマ(勧戒)は、日々正しく生きるための行動レベルのヨガであり、日常生活の中の心得です。 アーサナは瞑想を深めるための姿勢を取ることで、もともとは座法を意味しました。今日ではアーサナはヨガのポーズを指すことが一般的で、ヨガのポーズを通して身体のバランスを図ります。

アーサナで身体のバランスを取った上で、プラナヤマ(調気法/呼吸法)で身体内の「生命エネルギー」(プラーナ)の調整していきます。プラナヤマでプラーナを身体のすみずみまで行き渡らせ、細胞の全てを覚醒させます。 プラナヤマの練習を継続すると、外界に向いていた感覚が次第に内側に向かうようになり、次のプラティヤハラへの準備が出来ます。

プラティヤハラは全ての感覚をコントロールすることです。亀を例えに使うと、亀の頭はチッタ、そして2本の手、2本の足、尻尾が五感を表します。亀が甲羅の中に頭、手、足、尻尾を引っ込めるように、不安や悩みの種となる外界の諸現象からチッタと感覚を引き離し、チッタを内側に向けさせます。

最後の三支則、ダラーナ、ディヤーナ、サマーディはサンヤマと呼ばれ、その前の五支則と比べより内面的です。

ヨーガスートラ第3章1節
Desa bandhah cittasya dharana
(デサ バンダ チッタシャ ダラーナ)
「ダラーナとはチッタをある対象に集中させることである」
ダラーナではプラティヤハラで内側に向けられたチッタを安定させ、一点に完全に集中させます。

ヨーガスートラ第3章2節
Tatra pratyaya ekatanata dhyanam
(タトラ プラチャヤ エカターナタ ディヤーナム)
「その対象に安定的に途切れることなく集中することがディヤーナ(瞑想)である」

ディヤーナは静穏な精神状態、瞑想のことです。ディヤーナは中国に伝えられ、音訳されて「禅那(ゼンナ)」となり、そして「禅」として日本に伝えられました。

ヨガスートラ第3章3節
Tadeva arthamatranirbhasam svarupasunyam samadih
(タデヴァ アルタマートラニルバーサム スヴァルーパスーニャム サマーディ)
「瞑想者がディヤーナ(瞑想)の対象物と同化し、対象物そのもののように見える時、それがサマーディである」

途切れることのない集中は対象物と対象物を見る者(瞑想者)との境界をなくします。「自分」という意識はなくなり、真なる静寂が瞑想者に訪れます。サマーディでは瞑想者は空間と時間の域をも超えます。

アーサナは八支則の1つに過ぎませんが、アーサナが与える身体への刺激に意識を向け集中することを繰り返すことで、意識と身体の繋がりがはっきりと感じられるようになります。意識により身体をコントロール出来るようになれば、次第に感覚をも自然にコントロール出来るようになります。これが先に述べたプラティヤハラであり、プラティヤハラの完成へ向かう過程は既に瞑想への入り口にいるといえるでしょう。このようにアーサナを練習する際は、身体を意識的にコントロールするだけでなく、ヨガの全要素が含まれることを理解し行うべきで、それこそが本来のヨガといえるでしょう。

中川 陽子

"What is Asana"
賢者パタンジャリのヨガスートラ(その1)

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